2009年5月29日金曜日

Prediction of chronic post-operative pain: pre-operative DNIC testing identifies patients at risk

Pain. 2008 Aug 15;138(1):22-8. Epub 2008 Jan 8

手術術後の継続した痛み(persistent postoperative pain: PPOP)を訴える患者は意外に多く、その一部は神経因性疼痛の要素を含んでいるようです。
原因はいろいろと言われていて、手術操作に伴う神経損傷などが注目されています。確かに肋間神経にダメージを与えやすい開胸手術でPPOPの発症率は高いです。しかしながら、PPOP患者のすべてが神経損傷のエピソードを持つわけではなく、複数の因子が作用してPPOP発症に至るというのが現時点での理解なのでしょう。
どのような因子が関与しているのか?という疑問に対し、この論文はdiffuse noxous inhibitory control (DNIC)に注目してその関与を検討しています。
DNICとは「痛み刺激を与えると別の部位の痛みが和らぐ」というもので、内因性の鎮痛機構が働くことによる現象であると説明されています。具体的にこの論文では右手に熱刺激を加えて痛み評価を行い、左手を熱いお湯(46度)につけたときとつけないときで痛みの強さが異なるかをテストしています・・・実際異なるみたいです。
それでDNICの程度や術後急性期痛の程度、痛みの閾値、手術術式、麻薬の使用量などの項目ごとにPPOPの発症頻度を調べて、どの因子がPPOP発症に強く関与するのかを調べたわけです。
結果としてPPOPとの関連が証明されたのは「DNICの強さ」と「急性痛の強さ」だけでした。
ちなみに、DNICの弱い人は一見急性痛が強いように思えるので、「DNIC弱い→急性痛強い→PPOP発症」という図式が頭に浮かびがちなのですが、この論文も含め、DNICと急性痛との関連は低いという報告が多くなされています。急性痛の強さも独立したPPOPの危険因子なのでしょう。
内因性の鎮痛機構が弱い人に対して、周術期にどのような介入ができるのか?というのはよくわかりません。もう一つの因子、強い急性痛をintensiveに治療することがPPOP発症を抑制するのか?というのもはっきりしません。少なくとも現行の周術期鎮痛薬・・麻薬や硬膜外麻酔ですが・・でPPOPの予防に成功した、という臨床論文はない、はずです。
慢性痛の治療が難しい一つの理由は「できあがった疼痛の治療は難しい」というもので、「だから慢性痛は予防が肝心」というフレーズと対をなしているわけです。PPOPはその起点があきらか(=手術)ですから、その意味で「もっとも簡単に予防できそうな慢性痛」のはずなのですが。

2009年5月19日火曜日

Effect of plantar local anesthetic injection on dorsal horn neuron activity and pain behaviors caused by incision.

Pain. 2002 May;97(1-2):151-61.

「手術に先だって十分な鎮痛を施すと、術後鎮痛に必要な鎮痛剤の量が減少する」これがいわゆるpre-emptive analgesiaのコンセプトです。このコンセプトは炎症性疼痛モデルでみられる脊髄レベルの神経の興奮性の変化-central sensitization-が手術術後にも生じるので、これを予防すれば術後痛が軽減できるだろうというものです。
pre-emptive analgesiaはわかりやすいし、比較的実行しやすいということでずいぶん流行したように思うのですが、その効果を証明する臨床研究はありません
この論文はBrennanの術後痛モデルを用いて、脊髄後角のwide dynamic range(WDR)ニューロンが発火する様子を観察し、ニューロンの発火に局所麻酔薬の投与がどう影響するかを調べたものです。著者らはbackground activityの強さとreceptice field(あるニューロンが強い刺激を受容するその領域)の広がりでWDRニューロンの興奮を評価しました。術後痛モデルはWDRの興奮を強め、末梢に投与した局所麻酔薬はWDRニューロンの興奮を抑制します。この効果は局所麻酔薬を処置前に投与しても処置後に投与しても同様でした。この結果は、術後痛モデルにおいては、脊髄ニューロンの過興奮に一次知覚神経の過剰な刺激が必須であることをしめすもので、脊髄ニューロンが、それ自体を起点として過興奮状態となる、central sensitizationが術後痛モデルにはあまり関与しないことをしめすものです。
このような論文と対になるように、central sensitizationではkeyとなるNMDA受容体拮抗薬がBrennanのモデルでは効果的でないことを示す論文が発表されるようになっています。ちなみに、ケタミンはNMDA受容体拮抗薬です。
術後痛を考えるときは、もっと一次知覚神経に注目するべきでなのでしょう。

2009年5月14日木曜日

General anesthetics activate a nociceptive ion channel to enhance pain and inflammation

Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 June 24; 105(25): 8784–8789.
揮発性麻酔薬には気道過敏性があったり、静脈麻酔薬プロポフォールには血管痛があったりして麻酔科医は困っているのですが、これらの作用が薬剤が一次知覚神経に作用するものであること、そのメカニズムとしてTRPチャンネルの一つTRPA1を介するものであることを示した論文です。2.9MACのイソフルランによってTRPA1を介して電流が流れていることがわかります。2.9MACはちょっと高濃度ですが、培養DRGニューロンでも同じような電流が記録されています。TRPA1ノックアウトマウスにプロポフォールを投与して脳波を測定すると、野生型でみられた注入時の脳波変化が認められないので、プロポフォールもTRPA1を活性化させて注入時の血管痛をおこすのではないかと著者らは考えているようです。この論文ではイソフルランとTRPA1との関係に焦点を当てていますが、実はTRPV1もイソフルランによって影響を受ける、すわなちイソフルラン投与環境ではカプサイシンやプロトン、熱に対する反応性が増強する効果があることを示した論文を同じグループが発表しています。こちらの論文はイソフルランの濃度を振って用量依存性も示しています。1MACあたりから効果がでるようです。
揮発性麻酔薬や静脈麻酔薬に鎮静効果があっても鎮痛効果がないことは麻酔科医であれば誰でも知っていることだと思いますが、これらの論文の結果を考えると、全身麻酔薬は「眠くなるけど実は普段よりも痛い」状態を作り出しているのかもしれません。それから、全身麻酔中には体温は必ず下がりますが、TRPV1アゴニストのカプサイシンでも体温は下がります。そう考えると、「イソフルランはTRPV1の作用を増強して麻酔中の体温を低下させるのだ」という作業仮説が成り立ったりして興味深いです。
ちなみにTRPA1は催涙ガスやワサビ、ホルマリンによって開口します。ワサビのあのツンとくる感じでTRPA1の作用を実感したらよいのでしょうか。

2009年10月5日
訂正です。プロポフォール投与時に測定しているのは脳波ではなくて筋電図のようです。

2009年5月6日水曜日

A-803467, a potent and selective Nav1.8 sodium channel blocker, attenuates neuropathic and inflammatory pain in the rat

PNAS 2007 May 15;104(20):8520-5
Nav1.8はナトリウムチャンネルαサブユニットの一つで知覚神経に選択的に発現しているとされる。ノックアウトマウスの解析により、Nav1.8が痛覚過敏に貢献していることが明らかにされ、Nav1.8の阻害剤を新規鎮痛薬として開発しようという動きがあるわけです。
すでに幾つかの製薬会社が開発に成功しているのですが、その中で論文発表にいたったものを今回は紹介します。
合成された試薬A-803467はNav1.8に対する親和性が他のサブユニットに対して約1000倍高いため、Nav1.8の働きを止めるような量のA-803467を全身投与しても、その他のナトリウムチャンネルには影響を与えることがないようです。
行動解析の結果から、A-803467の全身投与には急性痛(機械刺激)だけでなく炎症性疼痛、神経因性疼痛などのモデルによる疼痛の緩和に効果があるようです。
Nav1.8の機能解析については、まずノックアウトマウスのデーターが公開されて、そのあとオリゴDNAによるノックダウンの論文が続く格好になったのですが、一部慢性痛モデル(神経因性疼痛モデルですけど)に関して、「ノックアウトでは痛覚過敏を抑制しないのにノックダウンでは抑制される」という異なった結果が得られています。
一説にはNav1.8ノックアウトマウスではNav1.7が補完的に増加していて、そのせいで本来のNav1.8の機能が欠損しなかったのではないか、などとと言われているようです。それ以前の問題として、ラット(ノックダウン)とマウス(ノックアウト)で痛覚のプロセシングがずいぶん違う可能性もあるのですが・・・。いずれにしても、この阻害剤の行動解析の結果はノックダウンのデーターに近いと言って差し支えないのでしょう。